メインディッシュとスパイス
料理の味の決め手は、調味料、スパイス、ソースだったりします。しかし、それらは、なぜ使われているのかをよく考えなければなりません。
正しい料理では、メインとなる素材にあわせて、素材を生かすためにそのスパイスが使われているのです。
ところが、往々にしてスパイスやソースですべてをごまかしていることがあります。または、実はソースがメインで、そのソースを食べるために料理を考案していることがあったりします。お好み焼きとおたふくソースがその一例です。
ただし、普通はメインの素材をいただくために、料理があるのです。塩だけ振って焼くだけが一番おいしいという場合には、メインの素材が圧倒的な存在感を持っているからです。しかし、そんな素材でも、超一流のシェフの手にかかると別のものになります。
現実では、非常に刺激的なスパイスやソースが一杯で、それにまどわされることがとても多いのです。その中から、どれがスパイスで、ソースで、本当のメインはなんなのかを考えなければなりません。
スパイスが発明、発見されたのは肉、魚の腐敗に対しての対策から始まっています。腐敗を遅らせる、あるいは止めるために、殺菌作用のある成分を持つ植物成分を利用する手段です。この成分は同時に強い香気を持つことが多いため、腐敗臭、不快臭をまぎらわす効果があります。こうした植物を後にハーブ(有用植物)と呼ぶようになり、その中には特に薬効をもつことも知られるようになりました。
こうしたハーブは確かにメインとなる肉、魚だけでは得られない効能を付け加えています。そればかりではなく、腐敗による有害な作用を避ける効果もあることを考えれば、不可欠なものといえるでしょう。
ハーブに含まれる成分は摂取すればそれなりの有効なものです。しかしそれだけで、生きられません。これも事実です。
人類の進化の過程で、動物性タンパク質の摂取は大きな要素の一つです。しかし、最初の人類は生で摂取しています。この時代においても植物の持つ解毒作用などを利用することは人類以外の肉食動物でも行っています。
さて、ここで「スパイス」に戻ってみると、これは単に植物成分を意味するのではなく、調理という文化の中で高度に育ったものであることに気づくはずです。
スパイスは、文化的な要素を含んでいるのです。空腹を満たすもの、栄養を摂取するものではないし、さらに有用な成分を取得するだけのものではないのです。ソースになるとさらに高度な文化です。
ゆえに、栄養を摂取するということから大きく離れています。栄養を摂取することを意識して食事をとらなければならない状況が大きければ、これにごまかされることは少ないでしょう。ハーブは腐敗防止や、解毒の目的のほうが大きなものです。
スパイスやソースにごまかされるのは、我々が飽食の時代にあることの表れであるし、新鮮な食材をあまりに容易に手に入れる手段を持っているからです。そういう恵まれた状況でなかったらということを考えたらどうでしょう。
ただし、人間関係にこれを当てはめるのは非常に難しいと思います。=メインディッシュとスパイス=
料理の味の決め手は、調味料、スパイス、ソースだったりします。しかし、それらは、なぜ使われているのかをよく考えなければなりません。
正しい料理では、メインとなる素材にあわせて、素材を生かすためにそのスパイスが使われているのです。
ところが、往々にしてスパイスやソースですべてをごまかしていることがあります。または、実はソースがメインで、そのソースを食べるために料理を考案していることがあったりします。お好み焼きとおたふくソースがその一例です。
ただし、普通はメインの素材をいただくために、料理があるのです。塩だけ振って焼くだけが一番おいしいという場合には、メインの素材が圧倒的な存在感を持っているからです。しかし、そんな素材でも、超一流のシェフの手にかかると別のものになります。
現実では、非常に刺激的なスパイスやソースが一杯で、それにまどわされることがとても多いのです。その中から、どれがスパイスで、ソースで、本当のメインはなんなのかを考えなければなりません。
スパイスが発明、発見されたのは肉、魚の腐敗に対しての対策から始まっています。腐敗を遅らせる、あるいは止めるために、殺菌作用のある成分を持つ植物成分を利用する手段です。この成分は同時に強い香気を持つことが多いため、腐敗臭、不快臭をまぎらわす効果があります。こうした植物を後にハーブ(有用植物)と呼ぶようになり、その中には特に薬効をもつことも知られるようになりました。
こうしたハーブは確かにメインとなる肉、魚だけでは得られない効能を付け加えています。そればかりではなく、腐敗による有害な作用を避ける効果もあることを考えれば、不可欠なものといえるでしょう。
ハーブに含まれる成分は摂取すればそれなりの有効なものです。しかしそれだけで、生きられません。これも事実です。
人類の進化の過程で、動物性タンパク質の摂取は大きな要素の一つです。しかし、最初の人類は生で摂取しています。この時代においても植物の持つ解毒作用などを利用することは人類以外の肉食動物でも行っています。
さて、ここで「スパイス」に戻ってみると、これは単に植物成分を意味するのではなく、調理という文化の中で高度に育ったものであることに気づくはずです。
スパイスは、文化的な要素を含んでいるのです。空腹を満たすもの、栄養を摂取するものではないし、さらに有用な成分を取得するだけのものではないのです。ソースになるとさらに高度な文化です。
ゆえに、栄養を摂取するということから大きく離れています。栄養を摂取することを意識して食事をとらなければならない状況が大きければ、これにごまかされることは少ないでしょう。ハーブは腐敗防止や、解毒の目的のほうが大きなものです。
スパイスやソースにごまかされるのは、我々が飽食の時代にあることの表れであるし、新鮮な食材をあまりに容易に手に入れる手段を持っているからです。そういう恵まれた状況でなかったらということを考えたらどうでしょう。
ただし、人間関係にこのメタファーを当てはめるのは難しいと思います。何が主で、何がスパイスでしょう?スパイスが多くて、スパイスばっかりで、主を発見できないかもしれません。ただし、私もこれに答えを持っているわけではありません。これに答えを出せないほどに人間は複雑な存在であり、それこそが人間が人間であることだと思います。
最終更新日: $Date: 2008-12-07 23:49:13+09 $






