小さく産んで大きく育てる
もともとは本当に、子供を産んで育てることで、妊婦さんが太りすぎたり、子供が大きくなりすぎて、難産になったりしないように言われてきたことだ。ただ、これも行き過ぎると、2500グラムを切った低体重児になってしまったりして、こうなると種々組織の発育障害を伴う虞があり危険である。
概ね新生児の体重は、3000g近辺で、妊婦さんの個人差から10%くらいは変動許容範囲というところだろうか。つまりやはり適正なサイズがあるわけだ。
小さく産んで大きく育てるというのを文字通り真に受けて小さければいいというのは大間違いでやはり適正なサイズで産んで育てるのが正しい。
たぶん、製品、サービスもそうで、適正というのをどう計るかということが一番大変だが、最初から、大きすぎても(機能が多すぎても)、小さすぎても(機能が少なすぎても)やっぱり成功しないと思う。大人になるにつれて、さまざまな成長をし、伸びていく過程で、得意なもの不得意なものが出てくるし、不得意をカバーする努力もそれぞれのやり方で行うようになる。
星取表を意識して、カタログスペックの向上だけを図っても、並べただけで こなれていないものであれば、すぐに失敗する。そんな簡単に促成栽培ができるわけはない。それぞれの機能が有機的に刺激し、補いあいながら、十分なトレーニングを積んで、大きくならなければならない。
どうも日本人は、なんでも万遍なくできるというのが好きなようで、ある機能だけが飛びぬけて優れているというものを扱うのは、人間でも機械でも不得手なようである。しかし、そういうとびぬけたものを、いくつか集めて全体を構成するという方がより高いパフォーマンスを得られるのにと思うことがあるが、どうだろうか。
かといって、人間でも、機械でも基礎的な部分、たとえば機械なら、エネルギー変換にあたる部分であったり、架台に相当する部分だったり、人間なら、知識や能力に偏りがあるといっても、どんなことをするにも共通する基礎的な能力は必要であるには違いない。あくまでそれくらいがあって始めて「飛びぬけた」という話ができるとは思う。
高い建物を建てるには、しっかりした基礎が必要だという話だと言ってしまえばそれまでかもしれないし、すぐれたスポーツマンは、どんな運動でもそれなりにこなせるし、高い能力を持つ科学者は自然科学一般くらいは精通しているという話にはなる。
もちろん基礎が大切だといったところで、基礎ばっかりやらせでも、伸びないのでそこは得意なものを実現するときに自然に基礎も大きくなっていくから、やらせてみればいいと思うのだが、なかなかそうはいかないのが現実でもあるようだ。
しかし、製品の場合、これぞという特徴が最後になければ、ちゃんとは生き残れない。結局安売りしか手がなくなってしまうというのが落ちだろう。もちろん、最初から理由があって「安い」というのも大きな特徴である。
最終更新日: $Date: 2008-12-07 23:55:36+09 $






