ペーパーレスについての誤解

 IT化においては、ペーパーレスという言葉が登場する場面がよくある。日本の会社ではおびただしい量の紙を使っていることが多く、コスト削減効果としては、紙を削減することは大きな意義がある。しかし、プレゼンテーションのために、紙に印刷することは必ずしも悪いことであるとは言い切れない。紙に印刷された情報の縦覧性は、コンピュータ画面で容易に置き換えられるとはいい切れない。特に、小さな画面で表示できる情報量に限りがある場合には、紙に出力された情報のほうがはるかに使いやすいし、理解しやすいだろう。

 ところが、ペーパーレスを実行する時には、この使い方の紙をまず削減しようとすることが見受けられる。タブレット端末を導入し、会議の資料をタブレットで閲覧するということから始めようとするわけだ。しかし、この場面における紙の役割はプレゼンテーションであり、縦覧性であるから、紙のほうが優位性のある状況である。したがって、実はこの場面での紙の削減は一番最後に考えるべきものである。なぜ、ここに手を付けようとするかというと、もっとも簡単で、最も効果を発揮できる場所であるのだが、それは、IT技術を事務機の延長でしか考えていないことのあらわれにほかならない。

 さて、では紙を削減すべき場所は、どこなのか?簡単なことで、それ以外である。

 誤解のないように最初に書いておくが、ラップトップコンピュータの小さな画面ですべての仕事を行うという状況で、紙の削減を唱えても実現しない。それは、知的作業においては劣悪な環境であると言わざるを得ない。これもITの軽視であると思われる。紙の優れた縦覧性を技術で補うと言っても限界がある。ある程度大きなディスプレイを使える必要はある。肩をすぼめてラップトップを使う姿には、問題がある。金融関係のトレーダーのように複数のディスプレイを並べる必要があるとは言わないが、ある程度の広さは環境として必要である。仮想デスクトップ環境を活用すれば、いわゆるフリーアドレス型のオフィス環境で大きなディスプレイを設置する環境を実現しやすいし、セキュリティ的な配慮も様々な点で有利である。これについては別の機会に述べることにする。

現在のインターネットを活用したITもしくはICT技術は情報、知識の共有に大きな力を持っている。すでに実現している様々な機能がそれを証明している。インターネット検索によって発達した検索技術は誰しも認めるところであるし、インターネットそのものを作り上げてきたソフトウエアの開発技術もその一つである。これらの技術を活用することが、紙に依存するよりも明らかにメリットがあることを示すものである。

 ライフサイクル管理という考え方が情報、文書管理には存在する。ただ、これは非常に古くからある考え方で、それこそ、紙とタイプライターの時代のものであることを疑ってかからないといけない。

 ビジネス文書においては、作成と受容→配布→使用→保守→廃棄というサイクルが存在する、というのがライフサイクルの考え方である。ここでわかるのは、作成に力点はおかれていないということである。

 技術者にとっては、ソフトウエアのソースコードの管理と比較してみると分かりやすいだろう。さらに、オープンソースのソフトウエアならば、作成→配布→使用→保守という問題に関しては、非常に洗練されたシステムが構築されていることに気づくはずだ。

 cvs (Concurrent Version System) は、テキストファイルの変更を記録し管理するバージョン管理システムである。最近は、GithubというWebベースで管理するシステムが利用されることも増えてきた。現在、ほとんどすべてのオープンソースソフトウエアの管理においてどちらかが使用されているといってもいいだろう。このシステムの存在によって、オープンソフトウエアにおけるコントリビュータの知識が適切にフィードバックされ、整合性が保たれ、保守、運用が行われている。重要なのは、このシステムは作成の初期段階から深くかかわっているということだ。

 これほど普及したシステムが一方に存在するにもかかわらず、一般の文書管理においては同様のシステムが利用されないのはなぜだろうか?もちろん、プログラムのソースコードがテキストファイルであり、その差分を抽出し管理することが容易であるという点はある。しかし、それはおそらく大きな問題ではなく、使う人と意識の問題が大きいのではないかと思われる。

 ビジネス文書では、情報の価値を考える時に、ストック文書の有する価値に基づいて評価する。それは、歴史的価値、法務価値、財務価値、業務価値というような分類である。

 この分類を行う概念からビジネス文書については、作成のプロセスについては、ほとんど検討されていないのではないかと考えられる。すなわち、ビジネス文書の管理とは、どこかの事務機によって作成された文書を、配布、使用、保守という行程で管理し、廃棄に至るライフサイクルを管理するものと考えられる。保守は、上記の資産価値に基づき、その保管方法が選択されるということだ。

 近年のインターネットを活用した、情報管理と情報共有の概念は、おそらく強くオープンソースコミュニティの影響を受けていると考えられる。すなわち、CVSに代表されるバージョン管理システムを活用した共同作業を行い、情報を管理し、共有するということである。

共有リポジトリを活用し、情報を共有し、共同作業を合理的に行うことを指向するということだ。共用のファイルサーバは単にディスクが分散している最低限の非効率を解消するだけで、情報共有の効率化には寄与しない。

 クラウドストレージを活用した情報共有はそうした機能を段階的に提供している。厳格なバージョン管理については、難解に感じることが多いためか、明示的に利用しない限りは適用されないことが多いようだが、ビジネス用システムにおいては、実際にはすべてのバージョンが保管されていることもある。

 ビジネス文書においては、そうしたインターネット的な文書管理システムと、従来型の資産性を意識した文書管理システムが混在している状況ではないかと考えられる。ちょうどその中間が「使用」の状況であり、最初に述べた「最後に削減すべき紙」の状況である。

 そうすると、近代的な文書管理システムにおける要求仕様を明確に整理できると思われる。まず、作成段階に必要なものは、プロジェクト単位のリポジトリと、そのリポジトリへの柔軟なアクセス権限の設定である。リポジトリの管理は、CVSと同様の強力なバージョン管理、履歴管理機能が求められる。

 補助的には、その作業を支援するコミュニケーションシステムが必要とされるであろう。このようなコミュニケーションシステムは、近年のSNSの発展により十分な機能が備わっている。

 オープンソースソフトウエアでは、リリース→使用→保守→リリースというサイクルがここに形成されている。メジャーバージョンのリリースによって、分岐が発生し、各バージョンで一定期間保守が続けられ、終了する。

 ビジネス文書においても、リリースによる分岐はプロジェクトの個別成果として位置付けることができ、共通した概念と位置付けることができるだろう。バージョン管理を行うことによって、最新の文書がどれなのか分からないというような事態は排除できる。使用を行った場合には、分岐を行い保管すればよい。

 使用以降の管理については、資産性を考慮した管理がビジネス文書には適していることも事実である。なぜなら、そこには、制度、法律がかかわっており、法務、税務上の理由によりその取扱を必要とする状況が存在するからである。

 ただし、近年のITシステムにおいては、もはや廃棄というプロセスを考える必要はない。すべてが歴史的資産価値を有しているとみなし、保管するべきであるし、保管できる。

 両者に共通する機能は、検索機能であることは言うまでもないことだが、検索用のメタデータをどこに保存するかという問題については、検討する必要がある。というのは、テキストファイルには、そうした場所が存在しないが、さまざまなフォーマットの文書にはそうしたメタデータを保管する方法、場所が存在しているからだ。SGML や、その派生の HTML にはメタフィールドの定義がある。Microsoft Office では、プロパティとして、作成日時、作成者などの詳細な情報が保管されているし、タイトル、キーワード、コメントなどを追加することができる。PDFでは、PDFにする前の情報から引き継がれるフィールドと、PDF独自のフィールドが存在する。これは、PDFを作成するソフトウエアによって異なる。

 現在の多くのシステムでは、この文書そのものに含まれているメタデータを活用して、それを検索対象にするというものは少ない。

 しかし、このメタデータを活用するほうが、可搬性が高まることは言うまでもないし、それを検索対象にできることが望ましいことは言うまでもない。

 Google に代表される全文を対象とする検索手法が可能である現在、こうしたメタデータの活用は時代遅れかもしれないが、本来の文書管理においては活用すべきものである。むろん全文検索が可能となれば、それに越したことはない。

 このように考えると、どうも残念ながらすべての要件を1つのシステムで満たすものというのは現状では存在してないようである。法務、税務的な要件については、それ用のシステムで行うことが望ましいかもしれない。紙であれば、捺印、署名、電子的に行うのであれば電子署名ということになるが、そうした機能も必要であろう。それにこちらには全文検索は特段必要ないだろう。

それ以外のものについては、やはり全文検索ができるほうが望ましく、プロジェクトベースで作成し、完成し、リリースしたら、公開範囲を変えて保管するという方式で対応できると思われる。

そして最後に残るプレゼンテーションの部分の紙であるが、電子書籍の技術が進んでいるので、この技術を応用すれば、大型のタブレットと適切なリーダソフトウエアがあれば、なくせるようになるだろう。もちろん、コンテンツの作成にあたってもこうした技術が活用されることで、紙よりも魅力的なものが作成できるようになることは言うまでもない。

 

最終更新日: $Date: 2016-11-15 19:34:20+09 $

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