やりたいこととやらなければならないこと

やりたいこと、やらなければならないこと、この2つの区別は非常に難しい。

「それはあなたがやりたいことなのですか?」「いややらなければならないから。」

ちょっと考えてみると、すぐにこんなやり取りになってしまう。IPv6のサービスをすることは、やりたいことですか?やらなければならないことですか?やりたいことだとしたら、なぜやりたいのですか?

IPアドレスを拡張することは、やらなければならないことだ。やりたいことは、目の前にIPv6のシステムの開発という高い山が現れたとき、そこに登り征服したいという、技術者としての欲望だろう。自ら開発に携わるわけでなければ、IPv6こそ世界を救う技術だから、これを普及させなければならない。私にはその使命がある。といったところだろうか?そうすると、やらなければならないことなのだろうか?やりたいことなんだろうか?

私の場合、実験や機械操作、組み立て、植物を育てることなどが好きだ。派生したところでは、車、オーディオ、カメラ、コンピュータなどより複雑な機械を自由自在に操作して楽しむこと、このあたりがたぶんやりたいことだろう。こうしたことを、一人で没頭してするのも楽しいのだが、家族や仲間と一緒に行うともっと楽しいというのが、さらにその派生したところにあるだろう。

さて、そうして順に広がったところに、パソコン通信があったり、インターネットがあったりした。私はもともと情報科学、情報工学の専門ではなく、大学では、化学系の研究をしていたわけだ。道具として、コンピュータやネットワークがあって、その操作が得意なので、たくさん使って、いろんなことができた。機械はのめりこむと自分で作ったり、修理したりするようになるというのが常なので、コンピュータやネットワークも例外ではない。

そのうちに東大に変わったやつがいるということで、引きずりこまれて、今に至っているというのが実のところだろう。

だから、わたしにとっては、インターネットの会社の経営、となるとやりたいことではなく、やらなければならないことになっていた。わたしがIIJに飛び込んだのは、自分にとってこんなに役立っているものだから、みんなにとってもきっと役に立つはずだから、使えるようにしようという気持ちだったろう。やりたいことや好きなことをもっと楽しくするための道具だからだ。そして、やらなければならないこと、それは社会人として自分の能力をもって、社会に貢献するということだ。だから、インターネットの普及は私がやらなければならないことだと思う。

しかし、時にはやりたいことをやるために、好まざることとして、やらなければならないことを済まさないといけないということもある。それは否定しない。

たぶん、今のMEXは、そういうやらなければならないことだらけである。やりたいことはその次だろう。技術者にとっては甚だ大変な状況だろう。ただ、やりたいことがあり、それが終わったらやりたいことができるというなら、我慢もできるだろう。

ただ、私の後に社長になった人々は、どうやら別にやりたいことがあるようで、さらにやらなければならないことを忘れているようだ。私にとっては、理科系の人間のやりたいことは理解できるのだが、あのような人たちのやりたいことというのはどうも理解できない。いかなる欲望がその背景にあるのか。

外から見た場合、いまやらなければならないことは、はっきりしていると思う。ある種の専門家の助けもいるだろう。ただ、私から、それがなんであるかを、聞こうとはしないようだ。

最終更新日: $Date: 2008-10-21 16:46:36+09 $

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