ライブドア事件その後
2005年11月の第三者割当増資の払込後、具体的な業務の内容の検討や、臨時株主総会の準備などが進められていた。2005年12月末を基準日として、臨時株主総会の招集を行うことになり、総会の日取りはどうなっていたかはっきり記憶していないが、1月下旬に設定されていたと思う。
2006年1月始めに、宮内氏が、確か自身が社長を務めることになった、ダイナシティの会見の中で、MEXのことを話し、それが日本経済新聞で報道されると、MEXの株価は急伸した。高値では、30万円を越えた。そして、1月16日午後4時ごろ最悪の事態を迎える。
ここから先の経緯は、いろんなところに書かれているので、ここで書くことではないが、強制捜査が入っても最初は、ライブドア社員はあまり深刻なこととは受け止めていなかった。なにかの間違いで、1週間くらいで落ち着くだろうといった様子だった。
しかし、こちらは顧問弁護士の意見を聞き、地検特捜部の強制捜査があったということがいかなる重大時であるかということを確認し、臨時総会を中止し、そして自分たちが無関係であるかを説明するということに最大の努力を図ることとなった。
結果的に、MEXには、地検からの聴取は全くなかった。ともかくマスコミからの取材については大変な状況であった。
たまたま、NHKのニュースで放送されたときに流された映像が、IIJ当時に NHK-BS に出演した時のもので、これはちょっとまずいということで、テレビ局各社から取材申し込みのある中、東証での記者会見を行うことにして、すべてのテレビ局の前で最新の映像を取っていただき、説明をするという機会を設けた。
その後、新聞社との間では、ほとんど毎日のように事態の進行の取材を受けながら、ライブドアグループからの離脱の意思表明などを行った。しかし、実際にはライブドアが混乱している間はなにも実際には起こらなかったわけで、TBSのニュース23に生出演してコメントをしたくらいで、かなりたくさん取材を受けたNHKについては、結果的にはその内容は使われなかった。
NHK特集で、ライブドア事件が放送されたとき、ライブドア取締役であった山崎氏が、ソフトウエア開発や販売を手掛けたが業績の向上にはつながらなかったというくだりがあって、まあ、その通りだとは思ったが、資本取引を売上に付け替えて粉飾するという手口で、実際には赤字なのを、とても大きな黒字にしてしまうというのは、まったくもって呆れたとしかいいようがない。
そんな原資を使って、実際には赤字事業であるにもかかわらず、サービスを拡大し、業績を伸ばしたのでは、その後サービスが継続できるわけはなく、結局大きな迷惑を被ったのは、ユーザであり、ネットベンチャーへの信頼を失墜させたわけで、その罪は重い。
しかし、堀江氏はニッポン放送株の取得の時に、「上場しているからには、誰が株主になってもしょうがないんですから」的なことを言っていたが、このあとそのまま、それがMEXにのしかかってきた。MEXの場合増資を伴っているので、同じではないが、株を持たれる側は、持つ側が本当は何者であるかを知るということに対して限界がある。
ベンチャーキャピタルが株式を取得する場合には、3期分の決算書、税務申告書はじめ、詳細な資料を求め、さらにさまざまな資料を要求し、精査する。しかし、会社側はベンチャーキャピタルに同じ資料を要求することは当然全くしないし、秘密保持契約もベンチャーキャピタルの言いなりであることが多い。
お金を出してもらうという側の立場は非常に弱い。業務、資本提携といっても資本の注入、株式の取得、議決権の取得はお金を出す側の一方的な論理で可能だ(後に、私はさらに痛感することになった)。ライブドアグループからの離脱を叫んだところで、それはあくまでお願いにすぎず、そうして私も、会社もなにもできず、時間だけが過ぎていき、MEXは弱っていってしまった。
最終更新日: $Date: 2008-10-16 23:50:16+09 $






