MEXの設立

なぜ、メディアエクスチェンジを設立したか。

当時、IX(インターネットエクスチェンジ)は WIDE の実験プロジェクトとして行われていた。当時はまだ NSPIXP-1の時代で、1.5Mbps までであったが、すでに国内のインターネットも成長期に入りトラフィックは飽和状態であった。

私は、IIJ を辞めたところで、ネットワークカタリストを設立して、コンサルティングを行っていた。全盛期をすでに過ぎて、NIFTY-Serve の SYSOPの収入は急速に減少していった時期だが、まだ、月額100万程度はあったので、当初はそれをベースにしていた拠点であった。NIFTYの収入は毎月毎月減っていく一方だったので、なにか新しい商売をしないといけないというプレッシャもあったかもしれない。

IXの商用化というテーマは、インターネットの商用化を行うということで、IIJ の設立を行ったのと同じくらい当時重要なテーマだった。私は、ISPが IXに接続するには、超高速回線が必要となるので、東京地域で専用回線のサービスを提供していた東京電力系の東京通信ネットワーク株式会社 (TTnet) に話を持ちかけた。

TTnet とは、東大の学内ネットワークの構築を行った時に、当時サービスを始めたばかりの TTnetの回線を使うことで、都内のキャンパス間の接続を行ったので、それ以来の付き合いで、IIJ当時にも回線調達に関しては、大変親密にお付き合いさせていただいた。IIJ 離職時には、TTnet からもお誘いをいただいたが、裏で NIFTY の収入があることなどがあったので、サラリーマンはできないということで、その件は丁重にお断りした。

さて、IXの商用化については、TTnet にとっては ISP への高速回線の売り込みという比較的明確なメリットも見えていたために、とんとん拍子に話は進んだ。当時企画部長をしておられた山川氏(後に MEX の取締役にも就任された)とともに、関係先に説明に回った。

TTnet は KDD と業務提携を模索していた時期であったため、KDDにもお話にいった。ところがすでに KDD では、KDD ビル内に多数のISPがコロケーションをしていたことと、主要な ISP 数社との共同出資で IX 事業会社の準備をしていた。しかし、後に JPIX (日本インターネットエクスチェンジ)となるこの会社は、ISP間の相互接続だけを行う互助会型のモデルであって、われわれが考えているビジネス展開とは異なっていた。

我々は、IX の隣接した場所に、コンテンツ事業者のサーバを誘致して、ISP、コンテンツ事業者相互にメリットを出せるサービスを考えていた。これが後にデータセンターという形に発展した。MEXは、TTnetが34%出資し、残りをTTnetに出資をしている商社、全国の電力系通信事業者が出資するという形でスタートすることになった。

最初私は、当然TTnetのちゃんとした人が来て社長をするものだと思っていた。しかし、山川氏に私が社長をしなければいけないと言われ引き受けることになった。IIJを設立した時には、そういう意欲もあったのだが、IIJを3年間やってきて、大きな会社の社長をやるというのはちょっと別のものも感じていたので、抵抗もあったのだが、山川氏とTTnetという当時の私にとっては、大人の会社が全面的にサポートしてくれて、またきちんとしたジョイントベンチャーアグリーメントの下に行うということになったので、引き受けることになった。

直後、IIJ が NTTコミュニケーションと共同でインターネットマルチフィード(MF)を設立して、参入した。MFは、IXは提供せず、ISP への配信ということに特化したトポロジーを提案した。

こうした環境の中で、3社の商用IX系会社がスタートした。

最終更新日: $Date: 2008-10-15 13:58:13+09 $

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