Mothers上場へ

さて、ベンチャーキャピタルから資本を入れたということは、当然のように上場を視野に入れるということになる。私はIIJのNASDAQ上場で得た売却益で、高額所得者の公示をされ、それを見て入社を志望してきた野心家もやってきた。

しかし、ネットバブルはもろくも崩壊して市場環境は一気に最悪な状況となっていた。ユーザは順調に増えていたのが救いではあったのだが、データセンターやISPの業界は過当競争で低価格のサービスがたくさん登場し、そうした競争環境ではなかなか利益を確保するのが難しくなっていった。

MEXは、大規模な設備拡張をしたために、しばらく赤字が続いた。ネットバブル期であれば、売上の増加、すなわち事業の成長が順調であって、黒字転換が近い将来見込めるという程度でも上場できた。しかし、環境が悪くなると、黒字をそれなりに続けないと難しいといわれるようになってきた。

こうなってくると、ネットバブル期にオファーのあった買収案件で、会社を売却しておけばよかったと思ったりして、苦しんでいた。なにしろデータセンター事業は設備の稼働率が上がって、黒字転換しても、すぐ次の設備投資をしなければ売り上げを伸ばすことができない。設備投資をすれば赤字に転落してしまう。

当然、上場のためには、上場で得た資金で設備投資をすることにして、ぎりぎりまで現実の投資は遅らせて、黒字を確保するという作戦をとらざるを得ないこととなった。ただ、MEXは、早くから国産ルータの採用をメーカと共同で行ってきたため、ここが実際には大きなアドバンテージとなった。国内ネットワーク重視と、国産ルータの採用という国内市場に特化した姿勢でなんとか切り抜けた。

もう一つは、比較的小型のネットワーク機器を並列に使うことで、冗長性を確保しつつ、連続的スケーラビリティを確保するというポリシーである。これを行うと一般的なオペレーションとしては煩雑になるために、オペレータへの負荷が大きくなるために好まれる方法ではない。しかし、同時に冗長性を確保できるために、ルータの故障に対してネットワークの停止をほとんど起こさないようにできる。

このあたりは、実際にオペレーションにあたった高田寛取締役技術部長の設計と、ほぼ自前のネットワーク監視ソフトウエアのEdenによって実現できたものだ。

こうして、なんとか上場に向けての条件は整ってきて、野村証券を主幹事として準備をして、予備審査も通過した。しかし、野村證券はなかなかGoサインを出してくれない。そこで止む無く、主幹事をみずほインベスターズ証券に変更して、上場申請をすることになった。野村證券としては、株価の点で十分な規模とはならないという判断だったろうと思われるので、当時の状況としてはやむを得ないものと思う。実際に、上場はできたが、株価は低く、調達額も十分とはいえないものとなった。

しかし、できるときにしておかないと、赤字になってしまってまたできなくなっては、成長もできないので、選択としては間違ってはいなかったと思う。

最終更新日: $Date: 2008-10-15 23:52:02+09 $

Copyright (c) 2008-2010 by Shin Yoshimura. All rights reserved.